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ダンボールの名付け親

ダンボールの開発者である井上貞治郎が「段ボール」と名付けた最初の人です。100年以上経っても、このダンボールという言葉は使われ続けています。井上さんは兵庫県姫路市郊外で農家の三男として生まれました。2歳の時に、遠縁にあたる井上家の死籍相続人になり、高等小学校を卒業、1895年から神戸の商家で丁稚として修行を始めました。その後職を転々とし、紙箱を作る道具や大工道具を売る店に勤めていました。1人満州にも出て行ったそうです。
しかし、そんな生活に終止符を打ち、1909年に東京で「三盛舎」を創業。そこで国産ダンボール紙を技術的に完成させたのです。井上氏は友人の出資の話から、輸入物だった「なまこ紙」(段ボール原紙)を何とかつくれないかと考え、1909年(明治42年)に20坪ばかりの平屋を借り、製造を始めたのです。しかし、道具屋にあったものを参考に、なまこ紙製造機を注文し、同じ手法で製造したつもりでしたがうまくいいきませんでした。様々な工夫を考え、バネを使いロールの左右に均一に力が掛かるようにし、縁の下に一晩寝かせ、予めほんのり湿らせてから伸ばしていくことでやっと販売することが出来るようになりました。
井上氏の立ち上げた会社に今も家訓として残っている言葉があります。『きんとま』という言葉です。「きん」はお金と、鉄のように固い意志を、「 と 」は英語でいうand、「 ま 」は真心の真と、間を意味します。つまり金鉄のように強い意志を持って、真心を持ち、お金、時間、人間を大切に、握ったら死んでも離すなという意味だそうです。

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